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なにが氏
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メモ帳としての本分
 けいおん!を観たMIXIの友人が「空気系アニメ」について、

 「これって主人公が空気なんじゃね? 主人公不在なんじゃね? BLとか、考えたらそれっぽくね?」

 と記事にしていたことに対する以下手前のコメント。
 せっかくなのでメモ複製。



 >>これってBLにも言えることなんじゃないだろうか?

 むしろBLにこそ、その精神の原点があるんじゃないだろうかと思う。
 どこぞのブログで読んだ受け売りだけれど、あれを読んでいるとき、読者の女性は攻め受け両方に自分を同化させながら読んでいるのだという。
 また、それを俯瞰する「読者」のままの自分もそこに同時に存在している。

 そんな構図を男性向けに持っていったのが、かわいい女の子たちキャッキャウフフな百合の世界なんじゃなかろうか。
 それをもう少し一般向けに、ギャグテイスト多めのコミカルな作風で仕上げると、(ゆるゆる系の)日常系四コマが出来上がる。

(BLが≒ や お い と呼ばれることの反作用として、四コマという起承転結のテンプレを用いて、内容の空白さを「読める形」にしているのではないかと、今思いついた)

 思えば、「あずまんが」でも「らき☆すた」でも「東方」でも、キャラ同士の絡みが好んで描かれるのは、 そのキャラクターAに同化した自分 が 別のキャラクターBの自分 とキャッキャウフフしてるさまを上から眺めて三倍うめぇwww という自己完結ファンタジーを消費したいからなんじゃないかなぁと。
 つまるところこれって、最初に書いたBLの構図と同じだよねっていう。

 変に主人公なんて余計な身体を置かれると、その消費活動に支障が出る。
 自分の中だけで完結させたいファンタジーにノイズが混じるわけだから。
 しかもそれは自分より明らかに恵まれた(と思わざるを得ないシチュエーションの)「男」だから消費を必要としている層のルサンチマンをどうしても刺激してしまう。

 そんなわけで

>>「自分が主人公となり特定の登場人物と親しくするのもいいが、異性というものを排除した彼女たちの日常を見たい」
>>もしくは
>>「そこに自分も加わっているという設定を自由に補完して接したい」

 という指摘は結構いいツボをついてるんじゃないかなぁと思うわけです。

 物語の主人公では飽き足らず、ヒロインや神様にまで自分を当てはめないと慰めを得られない現代人というのは、随分と自意識が過剰になっている生き物なんだなぁと、憂いたふりをしてみる。



 「受け攻め両方に~」の件なんかは、おそらくは某所のブログや書籍の換言でしかないとは思うのですが、思いつくままを留めておくのは手前の勝手ってなもんデス。
なにが氏
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