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なにが氏
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徒然とそこはかとなく
 100均コンビニで買った大判どらやきが、あまり美味しくありませんでした。
 いや、普通にボリュームもあって食べられる味なのだけれど、食べ終わった後に何か満たされない違和感のようなものが残る。
 もともと、食事に対して物思うような人間でもなかったのですが、音楽しかり、動画しかり、漫画しかり、面白いか否かで色々なものを判別するようになってから、諸々の感覚が変化してきたような気がします。

 数多に分岐した人間の感情を原始的な位置にまで統合すれば、残るのは好きか嫌いかのシンプルな選別基準。
 そこまで至って、はじめて人は物事を納得し、満たされるのではないだろうかと考えたときに、巷に溢れる「情報」というものが走らせている余分なノイズは如何ほどのものだろうか、とか。
 当然、そういったものを完全に除去しようと思えば、野山に帰るほかないわけですが、その辺の中庸を見極めるのがまた難しい。

 この料理は有名店のシェフが手間隙かけて最高級の食材を云々、というのも、食事の楽しみ方には違いありませんが、そうした文化的なものを受け止める前段階として、感情の問題を自覚しておく必要がやはりあるのではないか。

 「この感情Aに対して自分はこのような解釈A'を持っている」

 基点なしにただ情報を並べ立てても、根本が空っぽである以上、何が実ることもない。
 その無自覚の空虚を埋めようとするがために、過剰に他の欲望が流れ込むのではないか。

 こういう振る舞いだけ立派になってる様子をスノッブ=俗物というのかもしれません。

 某所のブログで「言説」云々の記事を流し読みしたせいもあるかもしれません。
 語るべき確たる中身がないから、他のもの=言説=情報を表面に貼り付けて、あたかもその本質のように全体像を作り上げてしまうこと。
 で、時に、そうした虚像に向かって拳を振り上げ何かを訴える人もいるわけですが、まずその相手が幻覚であることに気づいていない。あるいは気づいていたとしても、実のところ「敵」が消えると何していいかわからなくなるから、解決自体を望んでいない。
 だから空回りを続ける羽目になるそれ、なんてドンキホーテ?

 とかなんとか。

 いつもの動画紹介記事のつもりで書いてた枕詞が、予想外に長文になっちゃったよというお話です。
なにが氏
日記   0 0

:ひとりごとのようなもの - :日記
















 

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